静かに盛享

その夜も、オールドの水割りを飲みながら、他愛のない話をしたのだろう。渋谷駅の改札口で、じゃあね、と別れた。
その数日後、こんどは美術部の先輩Mさんと、同じ店で向かい合っていた。こちらは目下の本命。美術展に足を運び、その帰りに飲みに行くというのがお決まりのデート。飲みながら、何の話をしていたのだろう。一緒にいるだけでよかった、なんて、今となっては気恥かしくて封印したい記憶だけれど康泰旅行社。
彼が中座したそのすきに、マスターがテーブルにやってきて、
「先日のお連れさまの忘れ物です」
と差し出したのは、黒い小銭入れ。A君のだ。そういえば、途中で電話をかけていたっけ。携帯電話もテレフォンカードもない時代、電話は小銭を握ってかけるものだった康泰領隊。
「あら、失くしたのも気がつかなかったんですね。渡しておきます」
お礼を言って、空っぽの財布を預かった。
それからずいぶん長いこと、A君に会う機会もなく、小銭入れは私の机の引き出しに、所在なく埋もれたままになっていた。彼に返した記憶もない抗衰老。
大学卒業後はゴールデンビラから足が遠のき、店はいつのまにか消えていた。
静かに座っている
静静的坐下
満天の思い出