演奏していると


わが家の一階の和室は庭に面している。障子戸とアルミサッシを開けると高さ3メートルほどの柚子の木が数百個の実をつけている。庭に向かって右側の一隅に小さな仏壇をまつり、左側の隅に床の間がある。母はこの部屋で33年暮らし、3年前に伊勢原市のホームに転居した。2年前に耐震改修工事をした際、この和室の床の一部を補強した。半年前、ヤマハピアノと入れ替わりに、ドイツ、ライプツィッヒ生まれ、92歳のピアノがこの和室に輿入れしてきた。

 この頃になって、たたみ、床の間、仏壇とドイツピアノが同居する違和感が次第に薄れてきた。2か月前から、モーツァルトが1788年、32歳のときに書いた交響曲第40番第1楽章(ピアノヴァージョン)を練習している。3年前この曲に挑戦したときは、技術が足りず、最初から5小節もいかずに挫折した。どうしても軽快なリズム感がつくれず、メロディにならなかったのだ。

 今回は、右手が多少早いテンポでも弾けるようになっていることと、左手がピアノ(弱音)で3和音を奏でることができるようになったことで、導入部の関門をなんとか通過することができた。腕、指の筋肉が鍛えられて微妙で素早い動きができるようになったのだろう。同時に、未使用の脳細胞が発達して腕と指に適切な指示を出せるようになったのかなと想像している。

 この曲を作曲したころ、モーツァルトは経済的には大変苦しい状況にあり、父親レオポルトの死去や生まれたばかりの長女テレジアの夭逝など、身内の不幸も続いていた。その影響か、この曲の第一主題は美しさとともに悲しみを感じさせ、曲全体としても哀愁感がベースになっている。しかし、冒頭から終曲までシンプルかつ流麗なメロディに溢れている。

 これまで取り組んできたのはモーツァルトのピアノ協奏曲第21番第2楽章だった。左手で八分音符を2音弾くのと同じ時間で、右手は三連符を3音弾く箇所が一番難しく、仕上げるまでに10か月かかった。交響曲40番は同じような難度なので1年近くかかるだろうと思っていた。ところが、1か月ほどで半分まで弾けるようになった。そして後半に入ると、その3分の1は前半の繰り返しであり、あれっと思っている内に最終部分に到達した。こうなると一段と練習に身が入り、毎日、朝・昼・晩とピアノに向かうようになった。そして今日になって、ついに全曲が弾けるようになった。2か月で完成である。モーツァルトの交響曲でもっとも人気の高い曲であり、演奏していると、指揮台に立ってウィーン・フィルを指揮しているような感興を覚える。ピアノを続けてきて本当によかったと喜びをかみしめている。

 この曲は最初から最後まで右手と左手がまったく別の動きをする。練習を始めたころは右手と左手がまったくかみ合わなかった。最初は片手ずつ練習し、次に両手で弾いてみる。何日も練習しているとようやく足並み(手並み)が揃うようになる。長時間のトレーニングで右手は左脳、左手は右脳の脳細胞が動作に必要な情報を記憶し、適切な命令を手に送れるようになったということだろう。  


2016年08月15日 Posted by laoeodre at 13:21Comments(0)flower